2002/12/06(金)甘いお菓子には蟻がたかるものよ。

ハエのほうが近い?

そんな時はどう対処するか? 相手が虫だけに「無視」ってね(おやぢ落ち)。
甘い恋の香り(うぷ)には誰もが惹かれるものかもしれないわ。

そうそう、甘いばかりじゃないのよね現実の恋って。傷を負う覚悟もなく指をくわえて見てるだけ(ならまだまし)では手に入らない。「選ぶことは捨てること」。昔聞いた歌の歌詞。洗濯物干しながらふと思い出した。

歌や小説や映画じゃなく、リアルな人生を覗き見する快楽。それが他人の日記を読むということだと思うけど、読むに耐えるものを提供できる人って実は限られている。文章さえ書けりゃ誰にでも書けるってもんじゃないんだ。面白おかしい毎日を送っているから面白い日記を書けるというものでもない。その人が自分の毎日をどんな視点で映し、何を捨て何を拾い上げるか。個人によってテーマにそった編集作業がなされているわけで、たいがい今自分が一番興味のあることにフォーカスが当たっているものだ。自分の目がカメラなんだから当然だけど。

そして文章。

これがおそろしいほど人の品性をうつすのですよ。きっと本人が意識している以上に、無意識に表れてしまう。容姿や物腰や声色や服装や装飾品、そういう視覚聴覚からの情報がないだけに(プロフに写真載せてる人もいるけど)人格が剥き出しになってしまう。「なってしまう」って書いてますけど実はそこが面白いんであります。

ウエブ日記書きはじめて最初の頃はものめずらしく、自分からあれこれ読みに行きましたけど、今は自分が読んで気分の悪くなるようなものは読みません。日記を通して知り合って何かしら関わりを持った人たちの毎日をおすそわけしてもらってます。関わりというのは実際に何度かお会いしたり、という意味です。前にも書きましたけどわたしにとってウエブ日記というのはバーチャルなものではありません。顔が見えないから「何書いてもいい」とは思いません。

ここ数日心がざわざわしてるのは何でかな? と思ったら、実はわたしは感動していたのでした。日記を通して知り合った人の行動を、これまた日記を通して知ることになり、わたしはその人のことを「素直な文章を書くいい子」という風に評価し何かと贔屓してましたので他人事とは思えずにいるわけです。

「いい子」ってのは「意地悪の出来ない」もしくは「意地悪するのが下手」な子、という意味です。というのはかつて有志数名で、ネット上である実験をやっていたことがあるのですがその時の彼女の印象です。実験というのはナンパメモの研究で、ここライコスでメンバーズになってプロファイルに登録すると、女性の場合、いわゆるナンパ目当てのメモが送られてくるのです。純粋に日記を書く場所として利用していたわたしは最初のうち驚いたり不愉快になったり気持ち悪い思いをしましたが、知り合いが増えると共通の人物の名が挙がり、だったらいっそ、と数人でメモ受信用に別プロフを立上げ情報交換をしていたのです。まあ、遊びです。しかもあまりお行儀の良い遊びとは言えません。でもかなり白熱しました。あまり目に余る輩についてはみなで容赦なく言いたい放題にしていました。そんな時でも彼女の言葉は悪どくなりきれないというか、悪口に向いてないというか、攻撃していてもどこか可愛らしい。(わたしたちがえげつなさ過ぎという見方もありますが)そんな時、ああ彼女は根っから「いい子」なんだなあと思っていたのです。「とりすましたおりこうさん」という意味ではありません。

落ち着いたらまたきっと会えると思います。

という風に、日記を書いてて、いい思い、楽しい思いを他にもたくさんしているので、甘いものにたかるハエの役目しか思いつかない人はお気の毒だなあと、思ったり、もしますが同情する気はまったくありません。ああお気の毒お気の毒ベシ!!(とハエたたきで潰す)