2002/07/15(月) 男が恋しい。

8月はいっそ、そこらへんに住んだら?

おおよそ彼らしくない発言。いや。むしろこっちが本音か。

台風と刺し違えてあわやたどりつけなくなるかと思ったが、在来線と新幹線を乗り継ぎ結局また9時間もかけて男のもとへ。これをわたしは前戯と呼ぶ。

たいした雨ではなかったのだ。傘も持たず2時に家を出た。最寄のJRの駅で聞くと、東海道新幹線は静岡どこそこ間で止まっているという。

ひきかえしたくない。

だから各駅停車に乗る。いつものこと。東京駅の新幹線乗り場はなんだか非常時っぽくごったがえしている。熱海行きは定刻どおり発車。空いている。4人がけの座席にひとり。すっかり旅気分。外の景色を見ながら駅の売店で買った鮭の押し寿司をつまむ。だが相手は台風。ただの大雨とは違う。気楽だったのはここまで。

真鶴、湯河原あたりで海が見えた。はじめて見る灰色の海。こんにゃくのように黒い。水平線は見えない。分厚い雲から波立つ水面まで灰色のグラデーション。雨も風も強くなる。まだ夕方だが、海岸線の道路には街灯がついている。走る車も少ないが、道々に立つ食堂のイルミネーションばかりが淋しく光っている。

海の青は空の青。

知識としては知ってたけれど、海から離れて住んでいて、海を見に行くといえば行楽日和であることがほとんどだから、青くない海を見ると妙に納得する。途中鉄橋で越えた河も増水していた。熱海で静岡行きに乗り換えるはずが、ホームに止まっていたのは発車が遅れている浜松行きだった。あ、先まで行けるラッキー、と思ったわたしは台風をなめている。その列車は静岡のいくつか前の駅で止まってしまい、そのまま50分走り出さなかった。それでもわたしはひきかえしたくない。

停車している間、冷房がきつく、お腹にカバンをかかえていたため中の桃がぐにゃぐにゃになった。家を出るとき残っていたひとつを入れたのだ。家人は桃を食べないから。むこうに着いたら食べようと思って。カバンの中が桃の熟れた匂いで蒸れている。車掌のアナウンスが入るたび、携帯電話で連絡を入れるサラリーマン達。「ざいらいせん」「ざいらいせん」という語感がいちいち耳につく。普段自分で使わないから。雑誌を広げて話し込んでいる若い娘達。ホームに出て煙草を吸う人。10年以上前にも房総半島で列車が止まってバスの振替輸送を利用したことがあった。12月だというのに大雨で、発電所に雷が落ちたのだ。夕方出て、目的地に着いたのは夜中の3時だった。うそのように雨が上がって迎えに来てもらった車の窓から満月が見えたのを覚えている。避難民よろしくこごえてたどりついた家では猫が2匹出迎えてくれて、薪のストーヴが夢のように暖かだった。

止まった電車の中でそんなことを思い出しつつも時刻は刻々と過ぎていく。雨足はいよいよ激しくなり開いているドアから吹き込むよう。何度も繰り返しアナウンスが入り、ようやく安全確認が出来たため徐行運転を開始するという。周囲の人々はまた携帯電話を利用する。ああ、もう男が仕事を終えて部屋に戻って来ている時刻だな。7時過ぎには着くよと伝えてあったのだが。

静岡まであと5駅か6駅なのにたっぷり1時間かかった。冷房のあまりの寒さに車内をぶらりぶらり歩き回る。見知らぬ女性が携帯電話で新幹線の運行状況を問い合わせている声が聞こえて来た。どっちにしてもひきかえす気はないのだから、先に進むためには乗り換えなくては。静岡で下車。新幹線の乗換え窓口には10人ほどの列。公衆電話で連絡を入れるが留守電。メッセージを吹き込み最後尾へ。何時間か遅れの「岡山行き」が変更になった「新大阪行き」のアナウンスが入る。前の男が手間取っている。焦る。わたしの番になる。切符を出し女性職員に行き先を伝える。彼女は壁時計を振り返り「時間がありません。このまま乗ってください。」という。走る。間にあう。空いている。自由席に座る。名古屋、京都、新大阪。2時間であっけなく着いた。遅れに遅れていたため特急料金は請求されなかった。普通運賃だけ。だって結局9時間かかったんだもの。あとは地下鉄で30分ほど。電話すると今度はいた。さっきは煙草を買いに行っていたんだって。

男の部屋でぐじゅぐじゅになった桃の皮を剥きながら、テレビのニュースの映像を見る。台風の時に海や河に近寄りたくなる気持ちはすごくよくわかる、なんて言いながら、桃を半分づつ食べた。いや、わたしのほうが、より多く食べたな。ひと息ついてから深夜営業のモスバーガーに夜食を買いに行き、部屋で冷蔵庫のビールを1本半ずつ飲んでセックスをしてから眠った。

モスチキン×2、オニポテ、やきにくライスバーガー、かきあげライスバーガー。たいていホットドッグかモスチーズバーガーなんだけどめずらしくライスバーガーにしてみた(出掛けに冷やし中華クラブで読んだじぇりちゃんの「小海老の天ぷら」のことが頭に残ってた)が、やきにく味を選んだ男が「給食の時間に無理矢理食えと先生におかずのすき焼きとご飯をぐちゃぐちゃに混ぜられた味」と食が進まず残した分も食べた。

今回の滞在中に、1キログラム増量したわたしである。

乳が重いぜ。

 

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同居人。
タマラとカマラ。どっちかな……2002.7.15


月子