2002/09/07(土) 耳掃除と針仕事はセックスの代替行為であるといいます。

ちょっとばっかりはりきって仕事と呼べそうな物事をあれこれしていたら早くも反動が来た。部屋にこもりたくなった。朝から晩まで部屋で寝転がって本読んでいたい。早く寒くなってひがな一日編物していたい。マフラー編みたい、セーター編みたい、カーディガン編みたい、帽子編みたい。わたしと最近知り合った方々は、この冬、手編みのマフラーか帽子をいやおうなしにプレゼントされることになるでありましょうと予告しておきます。毛糸をいじるにはまだ気温が高いのね。実はもう、あまり毛糸を箱から出して来て見たりしたんだけどまた箱に戻しました。まだやることあるし。

8月の頭にやつの部屋に滞在したとき、冷蔵庫の霜が気になってしかたがなかったのだが、この前のぞいたらきれいになってた。入院中のやつに「霜はどうした?」と聞くと「母さんがやった」と言ってた。やつの母さんは他にも、古い自転車を捨て新しい自転車を買い、古い掛布団を捨て新しい掛布団を買い、ワンルームにはでかすぎるんじゃないかという室内用芳香剤を設置し、ごたごたのクローゼットにプラスティック製の引き出しボックスを導入した模様であった。

何故母親は勝手に物を捨てるのか、とやつは言った。

わたしもホンダのTRM(だったかな?)というモトクロス用の練習車で原付だけど結構乗りでのあるバイクを母に捨てられた。捨てたわけでなく隣の人にあげたのだけれど同じことだ。タンクにはたちのわたしが猛烈ファンだった所ジョージの直筆サインが入ってたのに。

やつの母親が捨てた自転車は上京してから二代目のチャリで、サドルは、両輪パンクするまで乗り潰した一代目チャリの形見としてそれと交換したものだった、と言う。「思い出があったのに」とやつは言う。わたしにだってあった。片っぽしか残ってなかったステップに乗って焼肉食べにいったり、それも盗まれたので中古チャリ屋で荷台をつけてもらって植物園に行ったりした。

掛布団にも思い出があったらしい。替えるなら血まみれになった敷布団の方にしてくれたらよかったのに、とやつが言うので部屋へ戻ってシーツをはいで見ると、退院直後の重い体でやつがせっせと洗った甲斐あって大分落ちているがそれでも布団の皮にでかい染みが残っていた。まったく可哀想にね。

まあでも結局。

思い出は思い出として心に残っているのだからそれでいいか、とも思う。同居人のガラクタを捨てたくてたまらない自分もいるわけで、そのうちわたしも「容赦なく物捨てる母」になるかもしれないわけだし。今のところ捨てる物は自分の物だけに限られているが。それにしても同居人はわたしが捨てたものを拾わないで欲しい。結局物が減らなくて非常に困る。ふちの欠けた茶碗は捨てさせて欲しい。そのためには同居人に見つからないようにこっそり捨てなくてはならない。次はうまくやろう。

「もう捨てる」と言うわたしに「捨てないで」と言う同居人。なんか象徴的だな。

先月末、霜のきれいになった冷蔵庫の部屋にひとりで泊まった。暗い部屋だった。夜だから暗くて当り前なのだが地の底に下りて行く気分だった。友人に電話したが留守。なんだか疲れて眠くなり眠れそうだったのでメッセージを残して寝た。1時間ほど後に電話の音で目が覚めた。留守電に切り替わった。眠れなくなった。電話をした。会うつもりはなかったのだが話しているうちに弱気になり泣いてしまった。今からいらっしゃいと言ってくれ行くことにした。どうしても会う気なら携帯に電話すればよかったのだが会うとその気はなくても寝てしまうことになるので会わないほうがいいような気もしていたのだ。だって部屋が暗すぎるから……。それはいいわけだ。電車が終わっていたからタクシーに乗って行った。行き先を告げると運転手にそんなに遠くまで乗せるのは初めてだ、と驚かれたから、一万円で足りますか? と聞くとそれだけあったら宇治まで行っちゃうよ、と言われた。五千円を超えるとメーターを倒してくれた。友人に五千円だった、と言うとハイと万札を出すのでおつりの五千円札を渡した。友人のおごりだ。電話では死にそうな声を出していたらしいわたしだが会うと「元気じゃないですか、よかった」と言われた。喋って寝て言い争って泣いて(わたしだけ)眠って起きて別れた。子供についての友人の意見が出会った頃と変わっていた。彼女が出来て結婚も考えているというからより身近な現実的な問題になってきたのだろう。以前は「いいじゃないですか子供。いたほうがいいですよ」と言うようなことを飲みながら話した記憶があって、ああいいなこの人、と思っていたのに寝しなの会話では「彼女は欲しいと言っているけど、僕はいらない」という意見になっていた。わたしが子供が欲しいというのをエゴだと言われた。それで泣きながら眠るはめになったがあの暗い部屋でひとりで眠るよりはましだったろうか。わからないな。行くべきじゃなかったのかもしれない。もうこんな機会もないだろうが。

退院したらひとりであの部屋へ戻る、やつのことを考える。

負けるな。

快楽的手段を使って気持ちよくしてさしあげることができないからむしろ本筋の本来の目的にのっとり正々堂々と清らかに、はげまし、力になり、愛することを誓います。

そのかわり完治したら容赦しないぜ。