2002/03/19(火) 「恋の魔法」V.S.「旅の魔法」。

なんてこったい、たった今虹彦さんから電話で、食事の予定がキャ

ンセルされた。とたんに掃除する気を失う。日記でも書こうじゃん。

自分の気持ちに忠実である事。

自分の感情に引きずられない事。

気持ちと感情っていっしょ? 別の物? 今何となく思い浮かんだ
2行だけど。感情は悪いものも良いものも押さえきれず湧いて来る
もの、と言う感じ。気持ちは湧いて来た感情を、いったん心にため
て味わった時の感想って感じ。

「感情的になる」っていい意味で使われないもんね。冷静さを欠い
て迷惑をかけた時なんか反省しちゃうし。覚めていたいってのはあ
るな。溺れていても覚めていたい。

恋するだいご味は迷う事でもある。目くらまし。価値観の激変。

恋から覚める薄ら寒さも知ってる。夢中になって遊んでいたプレイ
ランド、よく見ると錆びてる。ペンキがはげてる。作り物臭さが鼻
につく。子供だましか。かといってきれいならいいのか? ディズ
ニーランドは嫌いさ。ユニバーサル・スタジオなんて行くものか。
あのての娯楽にわたしは夢中になれない。むしろ、江ノ島のさびれ
たゲームセンターの方に風情を感じるわ。水族館は好きだけど。

虹彦さんは「また今度デートしよう」と言っていた。デート、って
言葉は好き。うん、また今度。礼儀正しく節度を持ってお会いしま
しょう。虹彦さんとは会って話すだけで満たされるから、いい。

雪彦と話していると、飢餓感を感じる。30分だけ話すなんて最初
から無理な相談だった。いったん声を聞いたら電話切りたくなくな
るに決まってる。もっと、もっと、もっと、もっと。4日間べった
り一緒にいても満たされないなんて一体どんな胃袋だ。むしろ会っ
た後の虚脱感はさらに穴が大きくなるかのようだ。欠落感。

虹彦さんの所へ行っている間中、眠くてたまらなかった。楽しいし、
気持ちいいんだ。でもうっすら麻酔がかかってるように常にぼんや
りしてた。古いつきあいなので安心してられる、というのもある。
春のせいとも言える。それにしてもただならぬ眠さだった。

行きは電車。電車にたくさん乗ると雪彦の所へ行けるような錯覚を
起こす。パブロフの犬。今日は行き先が違うんだ。ヨダレならぬ涙
を流す。雪彦も「楽しんできて」ってメールくれたじゃない。

2時間以上電車に乗っていると景色がだんだん変わってくる。住ん
でいる場所から遠ざかれば遠ざかるほど身軽になる感じ。なんてこ
とない殺風景な景色までが祝福されてるように感じる。これは旅の
魔法。

終点で降りる。次の電車が来るまで1時間ある。海岸まで散歩。風
が強い。波しぶきが飛んでくる。公園から海を見ているうちに我慢
できなくなり靴と靴下を脱いで海に入る。濡れた砂を踏んで波打ち
際を歩く。海水を舐める。波の音はいいね。

駅で月見うどん330円。セブンティーン・アイス(ダブルチョコ
レート)110円。ホームで電車を待つ。風が強く髪にアイスがつ
いてしまう。潮風になぶられる気持ちのよさ。

虹彦さんの住んでいる半島の突端の駅まではあと30分で着く。

窓を開けるとあまりの風で髪がメデューサの狂った蛇のようにあば
れるので仕方なく閉める。汚れたガラス越しに春の日差しを浴びる
とたまらなく眠い。電車の揺れに身をゆだねて眠り込む。あと15
分。降りたくない。起きたくない。このままずっと乗っていたい。
まぶしい眠り。

虹彦さんとこでは海の幸、山の幸をたくさんご馳走になった。新鮮
なサバを生で食べた。ゴマサバ。庭の畑で採れた野菜。虹彦夫人が
海で取って来たというひじき。ぷりぷりしたほっぺたの子供が3人。
この前来た時は下の子は生まれたてだった。今回はいっしょに遊ん
だ。猫も犬もいた。古い農家を借りて住んでいる。広い。

コタツで眠ってしまい夫人に声を掛けられソファベッドに移動する。
もうみんな寝床へ入っているようだった。わたしの他にもう1家族
泊まりに来ていた。

翌日もいいお天気。子供達は学校へ行く。濃いお茶と朝食。パンも
ジャムも手作り。昨日の残りのカレーもあった。下の子を保育園に
見送り。山道を降りる。犬も連れて行った。いっしょになって走っ
た。うぐいすが鳴いてる。ヒメモグラの死骸。

戻って昼寝。みんな自分のことをやっている。庭に立ってる小屋か
らギターの音が聞こえてくる。虹彦さんの友人が弾いているのだ。
虹彦夫人は豆の支柱を立てたり、開いた魚を干したり、犬や猫にご
飯をあげたりしている。それを眺めながら縁側でうたたね。2才に
ならない子供がチューリップを歌ってる。極楽。

ムーミン谷みたいだったよ。わたしに作家トーベ・ヤンソンの素晴
らしさを最初に教えてくれたのは虹彦さんだった。

ムーしゃんがヤンソンさんの本を誕生日にプレゼントしてくれたこ
ともあった。ムーミン童話より、もっと現実の苦い味がする、誠に
素敵な小説集だった。

昼食をいただき(コリアンダー味の炒飯。虹彦夫人の得意なエスニ
ック料理)コーヒー飲んでから、東京に用事があるという虹彦さん
の車に乗せてもらって帰ってきた。この車の中が暖かくてまぶしく
て、よく眠れた。運転してくれてる人に眠っちゃ悪いなあと思いな
がら我慢できず、高速乗ってるあいだ眠りっぱなしだった。睡眠は
足りてるはずなのに、どうしちゃったのわたし。

虹彦さんの東京の実家に寄ってお茶をいただく。アーモンド、カレ
ンズ、パセリのクラッカー。お腹もへってる。あんなに食べたのに
なあ。何でもおいしい。そしてぼうっとしている。

虹彦さんと電車に乗り途中までいっしょに。頭がぼんやりしてて長
い会話にならない。多分、雪彦の事を、当り障りないようにしか話
せないからだ。底をひっくり返して洗いざらいぶちまけるんでなけ
れば打ち明けたことにならない。それか完全黙秘のどちらか。秘密
を匂わせて興味を引くようなことしたくない。餌をちらつかせてこ
っち向かせようなんて悪趣味だわ。今ある好意だけでじゅうぶん。

別れ際に腕のあたりを軽く握ってくれた。ホームの雑踏に押し流さ
れなければ、ハグできたのだが。会った時、腕を廻して肩を抱いて
くれた。車に乗る時、頬と首の境目あたりを手の甲で軽く撫ぜてく
れた。そんなことくらいでじゅうぶん。むしろ今はそれ以上欲しく
ない。夫人のことも好きだし。子供達は可愛いし。後ろめたいのは
ごめんじゃわい。ご飯がおいしくなくなるっちゃ。

今日のデート流れてよかったかも。こうしてゆっくり書きとめる事
ができて。強がりじゃなく素直にそう思う。やっぱり日記書き好き。

帰ってくるともう我慢できずにメールチェック。仕事のメールだけ。
雪彦に「もう帰ってきちゃった」と送信。少しして返信をチェック。
チェック、チェック、来るまでチェック。あー、もうあっという間
にしょうもない気分になっちゃったよ。短すぎる旅ではあった。

結局自分からは逃げられない。

わたしはまたここに帰ってきてしまった。

気分転換ねえ。来客はないけど少しは部屋の掃除でもするか。

つづきはまた。

月子